221209 『地球星人』

本の話です。
ネタバレがあります。

地球星人 | 村田 沙耶香 |本 | 通販 | Amazon

読んでいる間ずっと、というか塾の講師が出てきたくらいからずっとヒリヒリした気持ちで読んでいた。俺にとって、本を読んでヒリヒリするという経験は覚えてないもしくは言語化してないだけで本当は初めてではないのかもしれない。しかしブログという何を書いてもいい白紙が目の前にある今、それを言語化しないでいるのは損失だと思った。
コンビニ人間』を読んだときは、テンポよく進むのと白羽のキャラが強いので、コミカルで爽快な話だと感じたけど、『地球星人』を読んでから再度読んでみるとそれも一面的な感じ方だよなと思った。問題は俺がではなく主人公たちがヒリヒリしていたかどうかだ。『コンビニ人間』の恵子さんは、自分をコンビニというシステムの一部と感じている一方で、ちゃんと就職してパートナーを作りなさいと絶えず押し付けてくる社会に疲れてもいる。恵子さんはすごく合理的な人で、妙な話だがそこに人間らしさを感じる。感情的になる白羽への受け答えも落ち着いている。味のあるものを食べる必要性を感じないからと野菜や肉にほとんど味付けをしないで食べるのはさすがに共感できないけど、そこまで徹底して自分の感覚で生きているからこそ、こういう主人公なんだとすぐに理解して面白く読むことができたんだと思う。
『地球星人』は、奈月さんの小さい頃から始まって、途中で大人になって結婚してからへと時間が飛ぶ。この小さい頃の彼女と世界の間の摩擦の描写がすごくリアルで、私がヒリヒリと形容したのはそこだ。ヒリヒリするのは、無理解な家族や大人たちと絶えず関わらなければいけない当事者が自分だったらと想像するから? 自分の小さいころを思い出すから? ヒリヒリしている俺は、少しでも彼女の内面を慮る言葉が外部から出てきてほしい、彼女はこう思っていたんだと周りが思い知るような出来事が起こってほしいと思っていたが、それは単に小さい頃の自分がそう思っていたのを思い出しただけなのかもしれない。
個人的に姉の存在が見ていて悲しかった。塾のクソ野郎について「あんなに素敵な人に好意を向けられるのは幸せなことなのにそれが分からなかったんだよね」みたいなこと言われるシーンが特に気持ち悪かった。気づいてくれる人がやっと出てきた! からの、なんでそういう考え方に……とガックリ来た。「工場」の一部になった自分の幸せを疑う様子もない姉は、他人に全体重を預けて他人の価値観で幸せになることが本当に当人にとっても幸せなのだろうか? という問いを体現したような存在だと思った。
他人に恋愛感情を持たない者同士が社会をやり過ごすために結婚する、という点では朝井リョウ『正欲』を思い出した。『正欲』のラストも理不尽というか、でも実際自分が子供たちの親だったら100%そう思うだろうし怒るわな……というやりきれなさがあったが、二人の信頼関係がなくなったわけではなくて、そこに希望がある終わり方で好きだった。書いていて思ったが、俺が物語を読んでて希望を感じるのは、主人公に居場所があるかどうかではなく、生き続けるという意志を失っていないということが分かるときかもしれない。この作品のラストが彼女たちにとって救いなのか分からないし、「救い」という言葉自体がかなり地球星人寄りの語彙だなと今入力しながら思った。「工場」の一部にはなれないしなりたいとも思わず、しかし野菜や肉には味をつけて食べたい俺は、共感できるところもできないところもありながら、これらの作品群の主人公たちが持つ「生きる」こと、「ありつづける」ことに対する、本能でもあり理性でもある一貫した意志を確かめながら読んでいて、これからもそれを拠り所にしていくのだと思う。なにがあってもいきのびること。